交番に誰もいない。

「誰もいないよ、この交番。どうしよう、この免許証」

交番前で110番したら15分ほどで交番へ警察官が戻るようだが、それまで待っていられない他の用事がある。
その用事が終わってからまた交番へ行ってみたが再び誰もいない。
山形警察署に電話をする。
事案が多発していて警察官は出っぱなしなので、あらためて明日、届け出をして欲しいとのことを言われる。

日も暮れた頃、路上に落ちていた免許証、キャッシュカード、名刺(本人のものではない)を拾った。すぐに交番へ行ったのだが届け出ができない。困ったものだ。あげく、明日まで持っていてほしいと言われても他人の免許証やキャッシュカードを持ち続けているのはどうも嫌だし、落とした本人が一番困っているにちがいない。

自宅の近くにも交番があるのでそちらへ届けますか、と言ってもその交番も留守かもしれないので山形警察署まで持ってきてくれれば良いのだがと言われる。しかしここからは遠い。
仕方がない、明日までこのまま持っていよう、と自宅へ向かった。
自宅近くの交番を通りかかったがやはり留守のようだ。すぐ近くのラーメン店で夕食を済ませて念のため再びその交番に行ったらパトカーが停まっていた。
若い警察官が食事をしているところだった。今日は事案が多く、交番へ戻ってきてやっと今食事をしているところでしたと若い警察官。対応の良い、気持ちの良い警察官だった。交番が留守がちだったことを謝ってくれる。

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やれやれこれでホッとする。
でも、町の交番がこうも留守ばっかりでは地域に何かあった時どうするんだろうね。
 

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はなかみ先生

今日は馬見ヶ崎川原で芋煮会でした。

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芋煮会と言うといつも『はなかみ先生』のことを思い出します。
天童中学校(第一、第二中学校に分かれる前は天中と呼ばれていました)での芋煮会は舞鶴山が会場でした。学校から舞鶴山まで薪、鍋、材料を持って歩いていくのです。青森から転校して来た私には初めての芋煮会でした。そして舞鶴山で『はなかみ先生』のことを先生や同級生から教えてもらいました。 

懐かしい思い出です。

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『日本国民禁酒同盟』と『健康報国』

 今日、東根市の旧家の門の柱に『健康報国』と『日本国民禁酒同盟員』と書かれた古いホーロー引きの札が張られているのを見つけた。いままで何度も通っているのに気がつかなかった。日本禁酒同盟のメンバーである印なんだろうが初めて目にした。酒好きの私にとっては興味深い札である。

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ネットで検索してみたらこの同盟は今もあるではないか。

明治23年東京禁酒会として発足、同31年日本禁酒同盟会、大正9年㈶日本国民禁酒同盟、そして戦後の昭和24年㈶日本禁酒同盟として現在に至っているようだ。
とするとこのホーロー引きの青い札は大正9年から昭和23年までの間のものだ。


『健康報国』についても調べてみる。
藤野豊『強制された健康ー日本ファシズム下の生命と身体』(吉川弘文館、2000)に次のように書かれている。
昭和13年に誕生した「厚生省」の大臣、木戸幸一が国民の身体は自分だけのものではなく国家のためであり、国家の為に鍛錬し、強化し、それをもって健康報国の信念を保持することが肝要であるという講演を行った。そして病者、障害者は「非国民」視されていくようだと。

 う〜ん、そうすると私は非国民だな。間違いない・・・。
「一般財団法人日本禁酒同盟」http://nippon-kinshu-doumei.fd531.com/ のホームページを参考までにどうぞ
 

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「服務の宣誓」

昨日の山形新聞にこんな記事を見つけた。

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北朝鮮、金正恩の8月25日の談話である。国、国家、国民のためではなくあくまで党と首領(金正恩)だけのために北朝鮮人民軍はあるとのことだ。
 我が日本ではどうだろう。先日の防衛省自衛隊武野浩文一佐の講演で自衛隊の「服務の宣誓」を知った。

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『服務の宣誓』
宣誓
 私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳格な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動には関与せず、強い責任感をもって専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえることを誓います。

これを自衛隊員一人一人が宣誓するのである。
憲法改正論議はともかくとして私たち国民の負託にこたえるという誓いには感謝せざるを得ない。私たちは今、この国に住む幸せとその感謝を強く感じ、国を守らなければならない。

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月がとっても青いから

今日は中秋の名月。東の山から見事な満月が昇ってきた。明るい夜の空だ。
 昭和34年小学六年の時だった。
日が暮れても家に帰らない子供を探すために当時の担任教師、岩手大学を卒業したばかりの西山哲男先生が私たち同級生の家を回り各親の許しをもらい同級生達を集め夜の山野を駆け回ったことがある。
Photo 黒く細い山道を小学六年の子供たちが、まだ帰らない同級生の名前を呼びながら列を作って歩いて山野の上には丸く大きな月が輝いていた。明るく夜の道を照らしてくれていた。
 今も覚えている。ラジオからはいつも〝月がとっても青いから、遠回りして帰ろ〜♪〟という流行歌が流れていた。ある訳ないと思っていた青い月がその時私たちの頭上にほんとにあったのだ。
 夜の山野を仲間みんなで探そうと各家を回って親を説得して歩いた西山先生。それに応じてくれた親たち。
 あの頃は何か良い時代だったなと思いながら、今も丸く大きな満月を見上げている。でもあの時の青い月ではない。青く見えないのだ。
 そしてあの西山先生は若くして人生を終えていた。

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思い出がまた一つ消えてゆく

数年前から閉館していたシネマ旭として長い間、映画館として親しまれてきた旭座の解体撤去工事が始まっていた。

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高校時代なけなしの小遣いを工面して何度となく通った思い出の映画館だ。映画を観た後にはすぐ近くにある食堂の格安〝学生ラーメン〟をよく食べて帰ったものだ。
この辺りはシネマ通りと呼ばれていた。近くには享楽街もあり賑やかで楽しい、高校生の私には大人の香りがする界隈だった。
古い物が消えて新しい物が現れる。私の思い出は消えるが今の子供達にとっての新しい思い出が造られるのだ。遺されるものと消え去るものの基準は単に私的な思い出の範囲では決められないのはもちろんであるが〝遺すべきもの〟が公的な建物に偏る事なく民間の建物にもあって欲しいものだ。

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偶然にも数年前に旭座をスケッチしていた。このスケッチが思い出を残してくれることになってしまったようだ。

こんなホームページのサイトを見つけた。
『消えた山形〜黄昏の風景』
http://ht9901.web.fc2.com/index.html

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小さくても愛される店でありたい

**3月からブログを休んでいました。FBにばかりいってましたが再開しようと思います。皆様、これからもよろしくお願いします。***

 文翔館の東側角に小さなお弁当 屋さんがある。いや、あったというのが本当だろう。昨日、文翔館にKSフォトクラブ写真展を見にいった帰りにそのお弁当屋の前を通りかかったら閉店のお知らせの張り紙があった。この店の隣には全国チェーンの弁当店がある。それにも負けず数年間は営業していたのだが、やはり閉店になったかと思いながらその文面を見た。

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    が、そこには店主逝去のためとあった。そういえばこの店を通りかかる度、よく客が入っていたのを覚えている。隣があるにも関わらずここの店はしっかりと客に愛されていたんだと感じていた。張り紙の前で〝お疲れさまでした!〟と頭を下げた。

 それだけではない。その張り紙の左にもう一枚の張り紙があった。そこには

〝いずこの人かは わからねど 君がこころね 忘れまじ〟と詠まれていた。

そして〝72217時花束とメッセージ確かに受けとりました。ありがとうございました。〟と続いていた。それを見た瞬間、胸が熱くなってきた。

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 おそらく店主が病気に倒れ、休業しているとき客の1人が花束とメッセージを店頭にそえた事への家族からのお礼文なのだろう。閉店のお知らせとこの文の日付からしてきっと長く病に倒れ休業していたに違いない。

 間違いなく素晴らしい店、そして店主だったのだろう。客にこんなに愛されていたなんて。それにもましてその家族はなんと暖かい心を持っているのだろうか。
いや、もしかして本人書いたお礼文かも知れないがいずれにしても紙を貼ったのは家族であろう。

 私は残念ながらこの店で弁当を買ったことがなかった。一度でいいから店主からありがとう、そして私からもありがとうと声を掛け合ってみたかったものである。

 店は大きさではない、どんなに小さくても一人ひとりに客に愛される店でありたい。

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書聖『王羲之』特別展

今日は午後1時から我孫子で打合せである。午前中は時間がある。

もしやと思いネットで「王羲之」を検索。やっぱり今開催中であった。

ホテルをチェックアウトして『日中国交正常化40周年 東京国立博物館140周年 特別展「書聖 王羲之」』が行われている上野の東京国立博物館に向かった。

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 同時に特別展「飛騨の円空―千光寺とその周辺の足跡―」も開催中だった。これも是非観ておきたいとちょっと迷うが4月7日までやっているようなので今日は王羲之にすることにした。

 文字を一文字づつゆっくりと、またさーっと流して鑑賞する人いろいろで混雑していた。素晴らしい書、文字に感激する。
真筆は全て失われているというが展示されている書は王羲之の書を複写(模本)したり拓本である。しかしその模本の技術が素晴らしいのだ。外見上はまったくわからない。

 書道を学んでいる人が多いのか行書、草書の展示前では書き順や筆の動かし方を空になぞっている人が多く見られた。

 夢中になっていて気づいたらすでに11時半。
第二展示場にはまだ行っていないが約束の時間に遅れてはいけない。残念だが会場を出て上野駅に向かう。


 
12:40頃、我孫子駅到着。レストラン コ・ビアンへ。

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あいかわらず店内はお客さんで一杯である。
先日外壁の塗装をしたとのことなので白い壁がきれいだ。

業者さんを交え小熊先生と増築工事の打合せが始まる。

終了後、おいしいお酒と料理をご馳走になる。
なんか私の出張は飲んでばかりいるように見えるが、それを嘘だともいえないところがつらい。
生ビールの後、「八海山」を遠慮なくいただく。珍しく先生も日本酒を付き合って下さる。二人で八合も飲んだろうか。そろそろ失礼しないと山形へ戻れなくなってします。酔いすぎて、が心配なのだ。今日は仙山線経由なので仙台駅を乗り越してしまう心配だ。
 ごちそうさまでした。たいへんおいしくいただきました。

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夕暮れの我孫子駅から上野に向かう。

ところで王羲之の話をしたらず〜っと以前に菩提寺の住職からいただいたという王羲之の書の拓本をみせてくれた。びっくり。

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どうにか仙台を乗り越しせずに済んだ。
21:29羽前千歳駅着。迎えにきてくれた洋子さんが
「間もなく真央ちゃんの演技がはじまる」と自宅へ急ぐ。丁度演技が始まる直前だった。素晴らしい演技でトップ。
着替えて再び飲むビールはまた格別だ。




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アメ横『大統領』の煮込みはやっぱり最高だ。

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足が勝手に向いたアメ横のガード下。

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この雑多な感じがとても好きなんだな。
もちろん行き先は『大統領』。車中でさんざん飲んだくせにここではまた別腹という感じ。

 「煮込み!お酒!」
混んでいてやっと空けてもらった奥のカウンター席に座りながら注文する。

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 これだこれ。ふと、思い出してお酒のコップに唐辛子を入れる。学生時代にお金がないときバイトが終わると有楽町の屋台で少ない酒で早く酔っぱらうように唐辛子を真っ赤になるまで入れてぐ〜っと飲んでいた頃を思い出したのだ。本当に早く酔ったかどうかは疑問ではあったが。

 隣の会社の仲間数人で飲んでいる連中の大きな声が聞こえてくる。
上司1人に部下5人のようだ。部下の意見に上司が一生懸命答えている。いつの間にか納得したようなしないような部下。他人に聞こえようが聞こえまいがおかまいなしに話が続いていく。

20代のサラリーマン時代、同僚と飲みに出かけては上司の批判や悪口を行っていたことを思い出す。それだけなら良いのだが飲んで勢いが上がり過ぎ夜遅く社長宅へ突撃してぶちまけたこともあった。しかし翌日、社長は何事も無かったようにやさしく俺たちをみつめていてくれた。素晴らしい社長だった。

 コップ酒を2杯でカウンターを立つ。
そろそろホテルへ入って休まなくては。

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神田川を渡りホテルへチェックイン。

もちろん爆睡でした。

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「あなご重」

 岡山から早速、いただこうかと思っていたのだがとんでもない。金曜日の夕方の新幹線は大混雑。結局新神戸までデッキに立ちんぼだった。

 新大阪からはゆっくり座ることができた。早速いただきます!

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うまい!金麦片手にぼろぼろこぼすことに気をつけながらいただく。そして下のご飯が炭水化物であることも気になりながら。

 東京まで金麦2本、お酒2本すべて平らげてしまった。ふ〜、いい気分。高木さん、ご馳走様でした。感謝。

 東京駅21:03到着。坂出よりも気温が高いようだ。ちょっと汗ばむ感じ。
いや、これは飲み過ぎたからかな?等と思いながらも上野のアメ横のガード下へ足が勝手に動いていく。

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食事処「こめや」

 「こめや」さんにて早速打合せに入る。リニュアル工事もほぼ終わりかけている。
いつの間にか坂出を代表する人気店になってしまった。平日でも席を待つ客で入り口は混雑。待ちきれず帰ってしまうお客様も出ている状態。

 本来、ここは米屋である。素麺や饂飩の販売も行っている。今回、注文品の発送作業を行っていたスペースを改装して16席を増やすことにしたのだ。

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 建物は100年以上の商家造りである。とにかくもともとの建物の造りを正直にあまり変にいじることのないようなデザインをしていく方が良い。というより在ったがままに戻すことがポイントである。今まではいじりすぎて折角の古い商家の良さが隠されていたのだから。
 米売り場店舗のステンドグラスが目立つ。これ先代のおじいちゃんの手作りだそうだ。なんとも器用なおじいちゃんだったようだ。

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朝のとろ〜りコーンから何も食べていない。さすがにちょっとお腹が空いている。しかし今日は東京まで戻る予定である。ゆっくり食事をしている暇はない。打合せとチェックを優先。高木さんがこれをつまみながらと唐揚げや海老フライを一皿に盛りつけてテーブルに持ってきてくれた。ありがたい。だからこれはメニューにはない。あ、ジョッキーは飲んだのではなくサイズの確認のために置いたもの。

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新しくなった増席部で打合せ終了。

坂出発16:54マリンライナー48号乗車。
7〜8時間かけて行った坂出滞在約3時間であった。
明日は我孫子のコ・ビアンで午後から打合せがある。
当然帰りは新幹線。仙台空港から飛行機で伊丹、そして新大阪から坂出へがいつものコースなのだが帰りが新幹線となると仙台空港の駐車場へ車をわざわざとりにいかなければならない。それは大変なので行きもオール新幹線になってしまった訳だ。

電車に乗る前にいただいた紙袋には「あなご重」二箱、金麦二缶、300mlの日本酒二本が入っている。東京までは十分なお酒と肴である。岡山で山陽新幹線に乗ったらさっそくいただこう。

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粉雪の舞う羽前千歳駅から四国坂出へ

2月8日(金)

どうしても坂出での打合せの時間に間に合わせるには仙山線の一番で仙台まで行き「はやて102号」に乗らなければならない。山形新幹線の一番では間に合わないので遠回りにはなるけど仕方が無い。ミニ新幹線でなければな〜と・・・。

 洋子さんに駅まで送ってもらう。寒い!粉雪が舞っている。羽前千歳駅05:51発。

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いつものようにNEW DAYSで朝食用に「とろ〜りコーン」を買い、暖かい缶をポケットに入れて仙台発07:14はやて102号に無事乗車。

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朝早い出張の朝食はいつもこれ一本。
いつものことなのだがこのコーン最後の一粒まで飲みきった(食べきった)ことがない。底に必ず2〜3粒のコーンがしがみついてとれないのだ。天井に口を向けて缶の底を叩いても駄目だ。みみっちそうで回りの視線が気になるのであきらめる。

東京発09:10のぞみ19号にて岡山まで。米原付近での車窓は真っ白、吹雪いている。のぞみは徐行運転だ。
岡山着12:30乗り換える高松行きマリンライナー31号は12:42発、乗り換え時間は10分間しかない。間に合わないかもしれない。

案の定、岡山には数分遅れで到着。間に合わなかった。う〜ん、これなら仙台経由の意味がなかったなと。ま、30分後のマリンライナーで坂出へ向かう。岡山も寒い。積もってはいないが雪が舞っている。

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瀬戸大橋を渡り30分遅れで坂出到着。高木さんからお迎えいただく。

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坂出駅に列車が入り込む手前に見えるこの建物、老舗醤油メーカー「鎌田醤油」が運営する郷土博物館である。さすが創業寛政元年の老舗だ。

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サムゲタン 「なが山」

「なが山」さんのこのサムゲタン。骨まで食べられるほど良く煮込んであった。サクサクっと肉と一緒に食べる事ができた。朝鮮人参がまた体に効きそうな良い香りを出していた。体が暖まっていくのがわかる。風邪気味の私へ高麗屋清水さんが選んでくれたメニューのようだ。感謝。

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チジミにビビンパそして山盛りの生野菜。お昼ご飯にこれだけの品数を食べるのは久しぶりである。

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ごちそうさまでしたー。お腹一杯になりました。

外に出てあらためて建物を拝見。へー、よく二人だけで建てられたものだとほんとに感心する。ガーデンも楽しんでいるようだ。自分たちの店と家を自分たちで作り、韓国料理を作る。そしてお客様が喜んでくれる。幸せなお二人にお会いしました。

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老夫婦が10年かけて自分たちの手で建築工事をした『なが山』

白河で高麗屋の清水さんと業者さんたちと打合せ。終了後、面白お店があるということで清水さんからお食事にお誘いいただいた。

なんでもそのお店の建物をオーナー夫妻が自分たちの手で建設したという。まさか、そんなこと出来る訳ないだろう。一部だけ手にかけたのだろうと思っていた。

そこは新白河駅近くの住宅街にあった。看板に『焼肉ダイニング「なが山」』とあった。

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手作りらしい雰囲気は確かにある。が、その部分だけを自分たちで手をかけただけだろうと思いながら店内に案内される。なかなかしっかりと仕上げもされている。しかしどこかプロが作った感じとは違う。暖かい手作り感が溢れているではないか。

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まさか、基礎工事から自分たちでやった訳ではないでしょう?との私の質問にニヤッと笑って、外の駐車場にコンクリートミキサーが見えるでしょう。とオーナー夫妻が指をさす。確かに駐車場のトラックの荷台にそれはあった。基礎工事どころか整地から始めましたよと言われて感服するしかない。設備も電気もすべてやったと言う。もちろん確認申請という法的手続きがあるとは知らないで始めた訳だから早速に市の建築課から指導が入ったのは言うまでもない。その後は建築課が丁寧に筋交いや排煙等の計算方法をやさしく教えてくれたとのことだ。

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もちろん、この暖簾も手作りだった。

焼肉というより韓国料理屋さんというメニューである。 料理を待つ間、店内というより厨房から演歌が聞こえてくる。韓国料理のお店で日本の演歌が流れて来るとは。奥様に演歌なんですね、と聞いたら内の主人が大好きなんですよ、もう演歌がなければ駄目なんですと。二人の工事現場でもきっと演歌が流れていたんだろうなと想像するとなが山さんご夫婦のことを失礼ながら可愛いと思えてきた。

さ、料理が運ばれてきた。

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我が家の青森地酒フェア

気がついたら今年初めてのブログ更新だ。FB始めてからどうもサボり気味だ。

さて我が家の先日の晩酌は青森地酒フェアだった。

本州最北端の酒蔵「関乃井酒造」の『純米吟醸寒立馬(かんだちめ)』。南部の酒。このお酒は毎年むつ市の小原さんからお送りいただいている。飲む前から味が分っている。お、これだこの味だと毎年楽しみに飲ませていただいている。

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弘前の「松緑 斉藤酒造店」の『純米吟醸六根(サファイア)』。津軽の酒。これは初めて飲む酒だ。十三湖しじみの「小野や」さんから昨年末送っていただいたものだ。うん、やっぱり青森津軽の酒である。この地方の酒は独特の風味があるのだ。しかし実に良い酒だ。

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裏ラベルを見ると酒米も酵母もそして種麹菌もすべて青森県産を使用していると説明されている。ふと先月の我が家の会津地酒フェアで飲んだ「髙橋庄作謹醸」の『純米酒一火(いちび)』に書かれていた『土産土法』の言葉を思い出す。杜氏も青森ならこの『六根』も同じなのだが。

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青森地酒フェア、楽しく美味しくいただきました。感謝。

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山形交響楽団定期演奏会

12月15日(土)

もう間もなくクリスマスだ。岡山駅前広場。

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岡山駅を8時前に新幹線に乗る。 今日は午後4時からの山形交響楽団の定期演奏会に行く約束をしている。東京乗り換えで山形へは午後2時前には着く予定だ。大丈夫だろう。しかし6時間以上も新幹線に乗りっぱなしとは。

余裕をもって演奏会場へ。 今日の演奏会は我が母校山形南高等学校吹奏楽部の創部期の大先輩、村川千秋さんの指揮である。 さすが堤剛さんのチェロは素晴らしかった。またシベリウス交響曲第2番ニ長調作品43の演奏には感動した。

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メバルの煮魚が美味しかった。


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 岡山駅にマルオカヤ岡部社長からお迎えをいただく。久しぶりの再会。

早速、昨年12月にオープンした津高店に伺う。店舗メンテナンスとしては大きな問題はなかったが吹き抜けの大梁の一部から松やにが垂れたことがあったとの事で建設業者さんに対応をお願いしているそうだ。

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実は今日は岡山に泊まらずに東京かもしかして一気に山形新幹線の最終に乗ろうかなとも思っていたがそれには午後5時過ぎの岡山発の新幹線に乗らなければならない。もはや4時半。これでは無理だ。

岡部さんから『秀駒』さんに夕食にご案内いただいた。ホテルを予約。メバルの煮魚が素晴らしく美味しかった。久しぶりに秀さんのお鮨や料理をいただいた。棚に十四代の酒瓶が見える。すでに中は空っぽ。山形に帰って手に入ったら必ず送るからと気安く、酔いにまかせて喋ってしまう。

Photo_2 店の主人の秀さん。ごちそうさまでした!

八時過ぎにチェックイン。ゆっくり休ませていただくことができた。無理して帰途につかなくてよかったかも知れない。ここで疲れをとることができたのだから。

いつもなら山形空港か仙台空港から伊丹へ飛んで坂出、岡山へ行っているのだが六ヶ所村からあの時刻には青森新幹線をそのまま東京まで行ってしまう方が楽なので行き帰りともオール新幹線になってしまった。

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坂出 食事処「こめや」さんへ

新横浜駅発07:49の新幹線だ。昨晩は飲み過ぎたようで麻里子に起こしてもらうまで爆睡。すっかり疲れもとれて新横浜駅へ向かう。

岡山から讃岐本戦マリンライナー高松行きで坂出へ。

いつ見ても瀬戸大橋から眺める瀬戸内海はおだやかでゆったりしている。しかし橋脚の足元の海面を見ると潮の流れがかなり早い。

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11:57坂出駅到着。

『こめや』さんはあいかわらずすごい客の入りだ。

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昼食を先に済ませて建築業者さんと打合せに入る。

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いつもお昼は満席状態が続いているので客席を増やす計画なのだ。

東北最北端からここ四国へ来ると暖かい。あの下北の寒さがウソのように感じられる。だが「こめや」の高木さん達は今日は寒いという。うらやましくなる。

16:24坂出発のマリンライナーで岡山に向かう。

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夕暮れの「讃岐富士」が坂出駅のホームからきれいな姿を見せていた。なるほどその名の通り富士山にそっくりだ。

瀬戸大橋を渡るマリンライナーの運転席の後ろから線路を見ていると遊園地にでも行った気分になる。子供のようだ。

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今日は岡山のマルオカヤさんに寄る予定である。昨年の暮れの完成オープンした「津高店」にも顔を出してみたいと思っている。

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41年振りに白楽の『鳥作』にて飲む

綱島のマンションへ行く前に迎えにきてくれた麻里子と共に六角橋にある焼鳥居酒屋『鳥作』に行ってみた。あった!まだ営業していた。実は41年振りに暖簾をくぐるのだ。学生時代は毎週のように通っていたものだ。懐かしさに嬉しくなる。何度か改装を重ねたようだがあの頃と雰囲気はそんなに変わっていなかった。嬉しさのあまり軽く飲もうとの店に入る前の話はどこかへ。そのうち隆太郎君が合流。つい飲み過ぎだかな?この店はまだまだ続きそうだ。また、飲みに来ようっと。


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店の外に出たらすでに看板の灯りは消えていた。閉店時間を過ぎていたのだ。

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六ヶ所村の食事処スガヌマ本日オープン

〈FB始めたらブログの更新サイクルが長くなってしまった。過去の仕事の日時をブログで探すと簡単にデータや画像を探す事ができたので便利だったのだがこれではいけない。反省・・・。

12月13日(木)
朝一番の仙山線で六ヶ所村へ向かう。まだ薄暗い羽前千歳駅。
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七戸十和田駅09:45着。顔なじみになったJR駅レンタカーのスタッフから何故かホッカイロを貰う。今日の下北は寒いからな。
11:00前、六ヶ所村到着。
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店頭にメニューを掲示。価格の安さに通りかかる人たちがびっくりして行く。
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チキンカツ定食290円。レジで会計するお客様がほんとに290円で良いんですか?と驚いている様子。そうだろうな・・・。

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オープンの立ち会いも終わりアイドルタイムに入った後、六ヶ所村を後にする。
七戸十和田駅に少し早めに着いたので駅前のイオンに買い物に行く。もちろん車中での缶ビールとおつまみを買い込む。

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駅から六ヶ所村へ出発する前に買った「シューラスク」の「みやきん=宮金」のお店がイオンにあった。仙台の宮田きんつば店通称「みやきん」さんが思い浮かぶ。

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明日は四国坂出の「食事処こめや」さんにお伺いする予定なので今日は七戸十和田から横浜まで行き、麻里子のマンションに一泊し明朝、新横浜から新幹線に乗るつもりだ。

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