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2011年4月

尾形げんじ君、2958票獲得で上位当選

投票日の日曜日は朝一番で投票を済ませた後、母の病院、霞城公園お花見ボランティア等とバタバタしていたが、尾形げんじ君が2958票獲得で上位当選を果たした。素晴らしい。前回の選挙より得票数がはるかに多い。
おめでとう!今後の活躍を大いに期待する。

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巌手屋アネックスカワトク店

4月26日(火)

午前中、盛岡へ。
巌手屋さんのアネックスカワトク店が4月28日(木)開店する。
今日は最終のチェック。

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「セレモニーホール新庄」間もなく開堂

4月25日(月)

「セレモニーホール新庄」が5月1日(日)に開堂(オープン)する。仕上げに追い上げがかかっている。
クリーニングが始まるといろんなところが見えてきたり思わぬ打ち合せミスが出てくる。反省。

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夜の新庄は寒い。特に今年は寒いのかも知れない。

香花堂さんから食事にお誘いいただいて「焼肉レストラン味讃歌」へ。体が冷えているので焼肉はありがたい。

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なんとこのレバ刺、見事に旨い!こんな旨いレバ刺を食べたのは初めてかも。もちろん焼肉も美味い。
たっぷりご馳走になってしまった。香花堂さんのお心遣いに感謝。
腹は一杯。帰りの運転、眠くならないか心配になる。

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避難者の人たちとお花見、霞城公園

午後から山形市菓子商組合青年部長の東海林文明さんが中心になって市内に避難している人たちを招いて霞城公園でお花見会が開かれた。母の病院から洋子さんと二人でお手伝いとして駆けつけた。

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市内の避難者は日増しに減っているようだがお花見には約60名の方が参加。丹波恵子さんのギターと歌には涙を流す人もいた。どんなにか心細い避難生活だと思う。ほんとに良い企画をしたと思う。
風が強く吹き始めたのがちょっと残念だったが大成功のようだ。避難者の方々からも喜んでもらえたようでなにより。
山形市菓子商組合のスタッフの皆さん、お疲れさまでした。

桜は見頃、天気は上々。たくさんの花見客が訪れていた。

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震災による節電と自粛のため例年の出店は取り止めたそうだが、別に出店がなくても結構賑やかだ。むしろ純粋に桜だけを見る事ができてこっちの方が良いかもしれない。
お恥ずかしい話しだが霞城公園でお花見をするのは初めてかもしれない。こんなにも素晴らしい桜が咲くとは。

本丸も復元工事が行われていて城壁が見事に復元されていてそれがまた、桜にとても良く似合うのだ。
来年、じっくりお花見に来よう。

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緩和ケア病棟の桜

午前中母の病室へ。

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病室のテーブル上に桜の一枝が飾られていた。看護師さんが活けてくれたのだろう。心遣いに感謝。

看護師さんが庭に桜を見に連れていきませんか?と言ってくれた。え?車イスなんか乗れる体ではない。
このベットのままで行けますよ。

看護師さん二人がベットをそのまま庭に移動させて母のお花見が始まった。

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突然、外に出て少し戸惑いがちな顔をする母。頭上には桜の花、足下にはパンジーが咲いている。
こんなにしてもらってしあわせな母だ。看護師さんに感謝。

ホスピタリティの本当の意味がわかる。

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モクレン

4月24日(日)

今日は山形市議会議員選挙日だ。
洋子さんと歩いて投票所へ。

自宅へ帰る途中落合スポーツセンターの敷地の近道を通る。このスポーツセンターへは福島の原発からの多くの人たちが避難者している。一時は千百人近くいたが今は三百人前後だそうだ。
福島ナンバーで一杯だった駐車場も今はめっきり減ってきている。

朝露に濡れたモクレンがきれいに光っていた。

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今日は午後から霞城公園で避難者の皆さんをお招きしての花見会がある。洋子さんとお手伝いに行く予定をしている。天気が心配されたがこの青空なら大丈夫。良いお花見会になるに違いない。

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仙台の被災地

盛岡から仙台へ東北自動車道を戻る。地震による道路の破損の応急補修跡に車がバウンドすることしばしば。あまりスピードをだすことはできない。

富谷JCから仙台北部道路、三陸道そして仙台東部道路の仙台東ICへ向かう。
多賀城をを過ぎた頃から高速道路の東側いわゆる太平洋側の平地一体にたくさんのがれきや流された車が散在しているのが見えてきた。

東インター近くのオフィスバスターズに行くのだが、その前にインターを降りてから太平洋側のさっき高速道から見えていた被災地へ車を走らせた。すごい状況だ。こんな所まで津波が押し寄せてきたのが信じられない。この先を進むともっとも被害が大きかった荒浜地区だが途中で引き返した。道路の左右にはたくさんの車が流れ着いている。

仙台東部道路が防波堤になったようだ。東部道路を境ににしてこんなにも津波の被害が違うとは。

山形へ戻ったのは午後5時半も過ぎていた。

馬見ヶ崎川原沿いの桜も3〜4分咲き。桜並木全体が赤く膨らんでいる。ここ1〜2日で満開になるかも知れないが何故か寒そうだ。

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盛岡「白龍=パイロン」でじゃじゃめん

4月23日(土)

巌手屋さんのアネックスカワトク店で午前11時の現場打ち合せに盛岡市へ。
今日は雨。おまけに寒い。減っているタイアに気を付けて運転。どうにか予定時間に到着。

出店工事現場で担当と打ち合せ。4月28日のオープンに向けて予定通り工事は進んでいる。

昼近く打ち合わせを終了。

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同行してもらった洋子さんと昼食に向かったのはじゃじゃめんの白龍=パイロン。すでに店の前には数人が並んでいた。さすが人気店だ。

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お客や従業員がお尻をぶつけ合うような狭い店内にお客が一杯。カウンター上の色紙が壁一杯に貼られている。人気の程が伺える。

相席でなんとか二人で席に着いた。
同席の人がすでに食べているのを見ながらじゃじゃめんの食べ方を覚える。

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じゃじゃめんの中と小を注文。大盛りはよほどの大食いの人でないと食べられないですよと他の席で大盛りを注文しようとした若い客に従業員がアドバイスをしていた。

なるほどこの写真で中だ。かなり量が多い。

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麺全体が茶色になるまで味噌をかき回してからお好みでラー油、酢、ニンニク等を入れて食べて下さいとのこと。具や麺がこぼれないようにかき回す。よし、こんな感じで良いか。

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ラー油を入れすぎたか、かなり辛い。しかし美味い。辛いくせにラー油を足す。頭や額に汗がにじんでくる。大辛党の洋子さんは平気な顔をしている。
食べている途中のじゃじゃめん。かなり器が汚く見えるが気にしない。うまいのかどうかわからないが箸と口だけは忙しく動いていく。これは常連になると自分の味を作ってしまうのだなと思う。そしてやみつきに。

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麺を食べ終わった頃、従業員がテーブルの上に置いてある生卵を割ってその器に割っていれすばやくかき混ぜカウンターの中のおばちゃんに渡すとその中へスープと肉味噌を入れて返してくれた。これは「ちいたんたん」という追加のオプションだ。50円増し。ほとんどの客がこうしている。そして常連さんは自分で卵を割っていれてかき混ぜるのだ。
コショウ、塩、ニンニク、ラー油などを入れてこれも自分流の味にして飲むのだ。
汗を拭くハンカチ片手にスープも完飲。

ふ〜、ごちそうさまでした。じゃじゃめん中で500円(小は400円)、ちいたんたん50円でしめて550円。安くて楽しくて強烈な昼食だった。これは繁盛するはずだ。混雑する狭い店内と注文の忙しさにもかかわらず客への対応は素晴らしく良い。繁盛店にありがちな無愛想さは微塵もない。
はやく常連になりたいものだが盛岡ではそれも難しいがこの次行った時は常連の振りをして楽しもう。

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手打ちそば庄司

4月22日(金)

 昨日講演をいただいた岡部社長と戸田さんの三人で山形国際ホテルで朝食。なかなか良い朝食バイキングだ。事務所と「まめや」に寄ってから山形空港へお送りしたその足で新庄へ向かう。

岡部社長、ほんとにありがとうございました。お疲れさまでした。また社長からいただいたお心遣いには頭が下がる思いでした。

5月1日オープン予定の「セレモニーホール新庄」の現場へお昼過ぎに到着。香花堂さんと現場にて打ち合せの後昼食におそばをご馳走になった。

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ここは牛舎の建物を利用した「手打ちそば庄司」だ。ここの蕎麦を食べるのは何年か振りだ。

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「昔田舎そば」。ひきぐるみの黒っぽい太めの蕎麦だ。

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遠慮なく「にしん煮」もご馳走になる。真っ黒に煮込んだニシンだ。
「にしん煮」を食べるのも久しぶりのことだ。「あらきそば」のニシンを思い出す。
そういえば「あらきそば」にも長く行ってないな。

今晩は「焼き鳥つよ太」のオープン前のお披露目パーティーがあるので新庄を早めに失礼した。

香花堂さん、今日も美味しい昼食ご馳走様でした。感謝。

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道経塾総会(例会)千歳館

千歳館で道経塾の総会と例会。
岡山からマルオカヤ岡部社長を講師として招き、講演をいただいた。
社長は日中、宮城県石巻の被災地とグループ店の被害を視察に行ってきたとのこと。大分お疲れの様子。
しかし熱の入ったお話に塾生みんな聞き入った。

終了後二次会へ。

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花小路はこの通りひっそりとしていた。もともと客離れのすすんでいた花小路。一昔の歓楽街もこの通りだ。震災の自粛も大いに影響しているのは間違いない。

自粛を自粛しようと言うのは酒好きの我々の言い訳にしかきこえないのだろうけど。ほんとに飲食店の人たちには深刻な問題なのだ。

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天童荘で夕食

マルオカヤの岡部社長が来形。明日の道経塾の例会に講師としてお出でいただいたのだ。
夕食にお誘いをいただいて一緒に食事。

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春の庭をイメージしたそうだ。食べるのがもったいない感じがする。

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山菜と桜ご飯。春満喫だ。

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ピンクの茎は浜辺の日当りの良い所に生育するハマボウフウ。薬草としても知られる。以前、下北半島陸奥湾の浜辺で良く見かけていたが最近は砂浜も減ってきて自生しているのは珍しくなってきている。

地元の出羽桜純米酒「一耕」と共に美味しくいただいた。岡部社長、ありがとうございました。

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金勝寺

郊外の小高い山の陰に隠れているのでなかなか訪れる事はないが山形城主二代最上直家の菩提寺として知られる金勝寺。紅梅が見事に咲いていた。

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裏通りのイス

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今朝は徒歩通勤。円応寺町の裏通りに見つけた木製のイス。なんとなくかわいい。このイスはデザインされたイスよりも良い感じだ。
前からこの通りは何度も歩いているのに今まで気づかなかった。

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「焼き鳥 つよ太」さんプレオープン

4月19日(火)

今日は谷地の「焼き鳥 つよ太」さんプレオープン。日が良いので一応オープンの客となる。
あの東北太平洋沖地震の時、このつよ太さんでオープンの日取りの打ち合せをしていたのだった。
日取りの相談は後回しになってしまっていたがようやくオープンの目処がたったのだ。

つよ太さんの焼く焼き鳥をたべるのは初めて。炭火焼。
焼き鳥、煮込み、お酒をいただきながらこれからのことをいろいろ話し合う。

それにしても遠慮なく、ごちそうさまでした。

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窓の桜

白河の帰り福島市の谷津家さんによってみた。
寄ったのには一つの楽しみな目的があった。

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谷津家さんの瓦屋根と桜がとても良く似合っている。

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カウンター席から厨房越しに窓を額縁にして目の前に桜の花が押し寄せてくる。

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小上がり席からも見事な眺めだ。

プランの段階でこうなる事は計算済みなのだがやはり現実を目にすると感激だ。これが見てみたくて白河からの帰りに飯坂インターで降りて谷津家さん向かったのだから。

想像以上の結果に大満足。

一昨日の日曜日、土曜日は朝から夕方まで満席状態が続いたそうだ。震災の直後の断水や停電にもかかわらずしかも食材を含む物流がストップしている中、地域の人たちのために天丼を作り店頭販売をやった結果がこういうところに現れてくるのだと思う。

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窓の桜を見ながらの野菜の天丼定食は最高だった。ごちそうさまでした。

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寒い春だ

4月19日(火)

白河へ。

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なんと寒いことか。桜やモクレンそしてコブシが咲いているのにこの寒さはなんだろう。
国見SAも寒そうだ。
折角咲いてくれた花たちも可哀想。

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春の三色

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近所の庭を拝見。モクレンに椿の赤と葉の緑が見事に重なってきれいだ。

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春の夜空に輝く朧月

今日は良く晴れていた。しかし気温がいまいち低かった。

日没後、東の空にきれいな朧月が浮かんでいた。
震災があろうと何があろうとおかまいなしに季節はちゃんと巡ってくる。

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ニューグランドホテル新庄のランチ

昼から新庄へ。新庄での昼食はほとんどラーメンか蕎麦だったが今日はニューグランドホテル新庄のランチをいただく。お、新庄にもこんな気の利いたホテルランチがあったんだ。そうか山形市の山形国際ホテルと同じ系列だもの当たり前か。牛ロースステーキランチをご馳走になった。ホテルランチにありがちな味の薄さがないのが良い。
美味しいランチ、ありがとうございました。

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ホテルの近くにすごいデザインの建物が並んでいた。新庄にこんな建物があるとはとびっくり。

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紅梅

上山のでんろく豆の工場の駐車場に咲く紅梅。あまりにもきれいに咲いていたので車を止めてしばし観梅。
まるで青空の下、踊っているように咲いている。
櫻が待ち遠しい。

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山形市議会議員選挙

4月17日(日)

今日から山形市議会議員選挙戦が始まる。護国神社での尾形げんじ君の必勝当選祈願式と出陣式に参加。
8期目を目指す尾形君。とはいえ、新人、若い人の立候補が目立つ中苦戦を強いられそう。

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チャリティー新酒歓評会

4月16日(土)

東根市の「青野」さんでがんばろう日本、がんばろう東北!「チャリティー新酒歓評会」に参加。
この時期にあえて実行する青野さんに賛同してかなりの人が集まった。義援金もかなり集まったようだ。

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なかなか普通では飲めない酒と青野さんの料理を満喫。

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タラの芽

近所の畑のタラの芽。この時点でうまそうだ。木肌も良く観ると面白い。よくもまあ、こんな模様になってるもんだ。

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もうこんな季節なんだ・・・。

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フリージア

午後、母の病院へ。
病室にはいつもきれいな花が飾られている。看護師さんたちが飾ってくれている。
ありがたいことだ。感謝。

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・・・しかし母はこの花を目にすることができない。
それでも飾ってくれる看護師さんたちの気持ちがとても嬉しい。

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霞城公園

4月15日(金)

城壁の写真が欲しくて霞城公園へ。今日は素晴らしい天気、汗ばむ位だ。

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瓦屋根の影が白壁にきれいに並んでいる。大手門。

一通り必要な城壁は撮影終了。

済生館の近くの梅林の梅が咲き始めていたのでちょっと道草をする。

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きれいな梅の花だ。
暖かい天気に散歩をしている人たちが目立つ。でもこの梅林はちょっと目立たないところにあるので梅を見に来る人はチラホラだ。

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済生館の門の前を左に入ったところに梅林がある。

梅〜は〜咲いたか桜はまだかいな〜

お堀端の桜のつぼみは赤く膨らんでいる。木全体がうっすらと赤みを帯びている。
間もなく掘りの上を見事な桜の花が覆うことだろう。

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かすり家(絣屋)の東海林社長と公園の中で偶然に出会う。総合スポーツセンターの避難者の方たちを招いて24日にお花見会をする計画をしているのでその下見と打ち合わせにきていたとのこと。
良い企画をしている。きっと避難者の方々も喜んでくれるに違いない。なんとか時間をとって参加してみなくてはと思う。いや単に参加ではなくお手伝いをしなければならないな。
先月、気仙沼に支援物資を持っていったがその中には東海林社長からも100人分の大福餅の提供もあった。
二人でベンチに座り被災した人たちへ我々は何が出来るのだろうと語りあって別れた。

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久郎左衛門裏 雅山流「祥華」

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久しぶりに米沢のお酒を飲んだ。
米沢の新藤酒造の久郎左衛門裏 雅山流「祥華」をいただいた。
甘みと渋さを感じるきれいな酒だ。ワインにも似た渋さが珍しい。

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久郎左衛門裏 雅山流{祥華

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これ、何の車?

菅生SAでは自衛隊の災害派遣の車の他に不思議な車を見つけた。

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屋根の上に潜望鏡みたいなものが取付けてある。低速作業中、道路現況調査中というステッカーを貼っている。ゼブラ模様は何なんだろう。
男女数人が乗り込んだ。スーツ姿だ。災害派遣には縁がなさそうだ。不思議な初めて見る車だ。

・・・もしかして、これはあのストリートビューの撮影調査の車かな。

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加美町の「かさ松」さんへ

仙台市内から高速で利府JCTを左に東北道方面へ。富谷JCTで東北道に入る。大和ICで降りて加美町小野田の「かさ松」さんへ向かう。

小野田へは国道4号線から左に入る。多くの自衛隊の災害派遣の車両とすれ違う。この辺には陸上自衛隊大和駐屯地や王城寺原演習場がある。

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美味い!何ヶ月ぶりだろう。「かさ松」さんのお刺身定食をご馳走になるのは。

地震の被害は特に無し。同じ宮城県なのにこの辺りは地盤が良かったのか案外と被害がなかったようだ。しかしどこの飲食店にも同じことなのだが宴会予約が全てキャンセルされていて物的被害とはまた違った被害を被っている。
かさ松さんとお茶を飲みながら話しをしている最中に何度となく余震が続いた。震源地は福島県浜通り地方に集中している。
ほんとにいつまで続くのやら。

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仙台みやきんさんへ

4月12日(火)

 震災後の仙台へ。高速道路の菅生SAには自衛隊の災害派遣隊の車両が停まっていた。

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休憩している隊員にご苦労様ですね。と声をかけた。
座間の施設大隊でこれから2週間石巻で復興作業に入るのだそうだ。
ブルトーザー等の重機車両が見える。
2週間も大変ですねと言ったら、この前は原発事故にも派遣されてました。丁度水素爆発があった前後ですよ。との返事。

みやきん「宮田みんつば店」さんへ。幸い店舗には何ら異常もなく安心する。
市内はやけに車が混んでいる。震災の影響なんだろう。

仙台東インターから仙台東道路(高速)に乗る。インターそばのサンゲツさんの建物が目の前に大きく見える。足場がかけられている。建物内部が相当の被害だったと聞いていた。使用不可能で東京本社へ間借り移転しているとのこと。

高速を北上する。右手の海側を見ると津波で流された瓦礫が広範囲に見えた。
え、こんな所まで津波が押し寄せて来たのかとびっくりする。
遠くにはキリンビールの工場が見えていた。
この高速道路が最後の防波堤になったようだ。


路盤が痛んでいる。応急補修跡が次々と見えてくる。
車がその凸凹にバウンドする。要注意だ。

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白河の状況

鏡石から白河へ向かう。

地震の被害の電話をいただいていた大福家さん、新駒本店さん、オオデラさん、高麗屋さんへ伺った。

大福家さんは建物にはなんら異常なしだが食器、瓶類が相当壊れた。屋根瓦も一枚も崩れなかった。皆さん怪我なし。

新駒本店さんは駐車場の三分の一程が陥没。合併処理槽等が使用不能の破損。建物には軽微な影響があった程度。しかし自宅が相当やられたようだ。

オオデラさんはお店の大きなフロントガラス2枚が割れた。割れ物の商品は結構破損したが店内はさほど影響がなかった。すでにフロントガラスは新しく嵌め込まれ建物の筋交いも補強されていた。

高麗屋さんは飲食は給排水設備の配管がやられ厨房が使用できず休業。キムチは福島県産の野菜を使っているとのことで原発事故の影響を受けて受注が激減。キャベツキムチ一品だけを作って従来の取引先へ納めている程度でキムチ製造販売も休業状態になっていた。

白河小峰城の石垣も相当崩れたようだ。城跡の公園は立ち入り禁止になっているという。見に行くことはできなかったがあの城壁が崩れたなんて信じられない。

大福家さんの辺りは郭内といって城内だった土地だ。地盤が相当堅い。一方、郊外の新駒本店さんは田園を埋め立てた土地だ。地盤が相当柔らかい。この違いが如実に地震の被害の大きさの差を作った。

白河市内の盛土したり湿地帯を埋め立てをしたところに建てられたアパートや建物が相当な被害を受けているようだ。避難している住民の人たちが相当数いるとのこと。同じ震度でも地盤の良し悪しがこれだけ影響するのだ。

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これほどひどいとは!福島県鏡石の瓦屋根

4月10日(日)

 福島県鏡石の金澤庵さんへ。震災後初めての訪問。
地震直後、電話では聞いていたがここまで震災の爪痕が大きいとは思いもしていなかった。
確かに高速道路で鏡石PAへ近づくごとに応急補修された道路路盤が多くなってきていた。そこは段差が出来ていて高速で走る車が時折バウンドする。100km以上で走るのは少し危険だった。

鏡石PAのETC専用出口から鏡石市街へ入ると道路の陥没跡や歩道のせり上がりそしてブロック塀等の崩壊が見えてきた。なによりも激しいのはほとんどの家々の瓦屋根が崩れていることだった。

金澤庵さんへ午後1時半過ぎに到着。お店の屋根も瓦。やはり相当崩れ落ちたようで雨の入らないように応急処置を施していた。

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従来、この辺りは震災や災害の少ない地方だがこの状況からすると相当の揺れだったようだ。
音を立てて崩れる屋根瓦が頭上から落ちてくる様子等を聞いたが、人的被害がなかったとのことにホッとする。

須賀川方面はもっとひどいらしい。そういえば今年一月に須賀川の街並の散策に訪れた須賀川の街は古い家々が残っておりそれらの建物はほとんどが瓦屋根、土壁でできていた。しかも沼地が多く地盤が軟弱な土地だ。

実は須賀川に新築移転する計画の店舗は瓦屋根と考えていた。その土地で古くから使われている屋根材を使おうとしていたのだ。今回の震災でこのことはもう一度考え直さなければならないか。と、言うよりこれだけの多くの家屋の屋根の補修に瓦職人と瓦が大不足することは間違いない。

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早く届けたい、義援金1700億。

義援金が1700億円を超したそうだが被災者にはまだ届いていないという。
いろんな問題があるのだろうが早くできないのだろうか。あまりにも遅い。一部だけでもと思う。

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(4月7日山陽新聞朝刊より)


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何故、並ぶんだろう?

4月8日(金)

 昨晩の地震には驚いた。停電。早速懐中電灯、携帯ラジオ、そして手作りの大きなローソクを。

ま、午前中早めに復帰したので大した混乱もなかったが、すでにガソリンスタンドに車が並んでいた。
この車は本当にガソリンが必要なんだろうか。それとも不安からいち早く給油しておこうと思ってなんだろうか。行列が行列を誘うんだよな。

茂利多屋さんは大忙しだった。コンビニなどにお弁当やおにぎりが無くなっているようだとのこと。

でも午後も遅くなるあたりからは平常になってきたようだ。

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楽天イーグルス、星野仙一と出くわす

14時55分発ANA山形便の出発が15時10分に変更されていた。

山形便の出発ロビー付近に随分カメラマンたちがいる。なんだろうと思っていたが、イーグルスのジャンパーを着た連中が大勢いる。楽天イーグルスの選手たちのようだ。するとその中から星野仙一、田淵幸一が現れた。そうか、ホームの仙台に帰るため山形便へ乗るのか。

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イーグルスの選手やコーチに左右をはさまれて山形へ。何故こんな席になってるんだ。

山形空港の到着ロビーにも報道カメラマンが一杯押し寄せていた。じぶんには関係ないが出口に向けられたたくさんのカメラの前を歩くのが少し恥ずかしい。岩隈やマー君が現れるごとに頑張れよ!と大きな声と拍手がおきる。
こんな訳で帰りは退屈しないで済んだ。

岡部社長さんから頼まれたお土産を寿屋さんにお届けして無事出張は終わり。
山形も暖かくなってきた。なんとなく気持ちが晴れ晴れしてくる。

被災地にも暖かい毎日がこれからも続いてくれると良いのだが。

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「吾妻寿司」さんの海鮮ばら寿司のお弁当

岡山発12時過ぎの新幹線で新大阪、伊丹空港へ向かう。

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昼食時間がとれないのでと岡部社長さんからお弁当をいただいた。おなじみの「吾妻寿司」さんの海鮮ばら寿司の折だ。岡山を出発して早速頂戴する。美味い!お店で食べるのも良いが駅弁感覚で食べるこの寿司は格別。岡部社長さんのお気遣いにただただ感謝。

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桜咲く岡山

4月7日(木)

 ホテルの周辺の桜が咲いていた。今日も素晴らしいお天気になりそうだ。

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岡部社長さんからお迎えをいただいてお店へ。

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大震災後、建設資材、建材等が極端に品不足になってきた。被災地の工場、物流基地等のダメージや仮設住宅建設への優先等が原因のようだ。建設業者は工期通りの工事が円滑に進められずに頭を悩ましている。しかしそう長くこの状態は続かないと思うのだが。

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エアロビのボランティア

4月6日(水)

今日は朝からすごくいい天気。気温も上がりそうだ。

洋子さん代表のユーフィットが落合スポーツセンターの避難所でエアロビのボランティア。
避難所の人たちは入浴に不自由しているのであまり汗をかかないような動きを工夫したようだ。
避難者は現在500人を下回っているので参加者は少なかったが喜んでくれた様子だった。

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外では布団干しのボランティア。

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今日の天気は布団干しには最高の天気だ。

県立中央病院の緩和ケア病棟に寄って母の様子を見て山形空港へ向かう。母は相変わらず寝たままだ。少し目を開けるが認知してくれない。洸の結婚相手のお宅へ昨夜、お伺いして話しがまとまったことを聞いているかどうか分からないが伝えた。

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うわーっ!空港の駐車場が満車だ。搭乗までは後30分しかない。そうだような。使用できない仙台空港の代わりを担っている山形空港だから当たり前か。客待ちをしているタクシーの運転手から本来駐車スペースではないがある一角を教えてもらってなんとか駐車。助かった。
12時55分発ANAの大阪便へ無事搭乗。機内は満席。
山形空港からは通常、大阪便、ANAは運行していない。震災後、臨時便が数便運行されるようになっている。

震災後初めての岡山。
マルオカヤさんに4時半到着。岡山は暑い。気温が高い。汗ばむ。ベストを脱いで打ち合せ。

いつもの「ままかり」で夕食とお酒をいただいた。例の支那そばも。感謝。
岡山国際ホテル(ホテルオークラ)に宿泊。

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事故通報

バターン!と激しい音が聞こえた。一体何の音だろう。周囲を見回したが何事もない。目の前の交差点を車が普通に走り去って行く。
交差点に1台の車が変な方向を向いて止まっている。しかも街灯のポールに前部を食い込ませている。


近くでの集りの帰りのことだ。夜も8時半を過ぎている。交差点を過ぎ去っていく車の数も少ない。

あ!ぶつかったのだ。事故だ。今の音はこれだったんだ。走りよって運転席を見る。年配の女性が気を失っているようだ。シートベルトは締められていた。
ドアを開けて大きな声をかけて肩をゆするが返答がない。携帯ですぐ119番へ連絡。場所を伝える。怪我をしていないか、血がでていないか、運転手の様子はと質問される。怪我はしていないようだが意識がないと伝える。万が一エンジンルームから火がで出たら大変だ。ギアに手を伸ばしてPに入れて素早くエンジンキーを抜いた。

救急車が到着するまでその女性の耳元に声をかけ続ける。間もなく目を開けたが、事故ったことを認識していない。目はうつろだ。ダッシュボードへ手を伸ばして何かをとろうとするが指先が届かない。大丈夫かと何度も声をかけるがそれには返事がない。今、なにが起きたのか分かっていないのだ。

やがて救急車が到着。遠巻きに何人かの人が表へ出てきた。
ストレッチャーへ救急隊員にのせられて救急車の中へ運ばれる。

脳しんとうをおこしたのかも知れないと、救急隊員。外傷は見当たらないという。
良かった。

警察車両が到着。一番先に「運転手さんは酒臭くなかったですか?」と聞かれた。「いえ、全然」と。
名前、連絡先等を書いて欲しいと言われ、渡された紙に書こうとしたがず〜っと外にいたせいで体がかなり冷えていて手先がふるえて書けない。書けないといったら警察官が聞き取りしてメモをした。

ほんとうに、今晩は寒い。実は今日の朝から喉が痛く、風邪をひいてしまったのだ。あ〜、これでますますこじらせるなと覚悟。

しかし、大したことがなくて何より。

救急隊員はとにかく身体の様子を、警察官は運転の状況を一番先に聞いてきた。なるほどそれぞれに担当任務を遂行しているのだ。

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谷津家さんで天丼

4月4日(月)

震災後、初めて谷津家さんへ。店舗には地震の被害はなかったが断水が長く続いていたそうだ。
そんな中、地震後直ちに店頭で天丼等のテイクアウトを実施し、地域の人たちに感謝されたとのこと。これぞ「お店は客のためにある」の行動だ。地域の人たちのお役に立つ、このために店はあるのだから。

しかし、天気はいいのだが寒い。谷津家さんの窓から見える櫻は一週間ほど開花が遅れるだろうとのことだ。

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かき揚げ天丼定食。ごちそうさまでした。

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節電

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久しぶりに夕方、洋子さんの買い物に付き合う。イオンジャスコの外、看板は真っ暗。店内の明かりだけが外に漏れている。
駐車場の足下が暗くて歩きにくい。
この状態はいつまで続くのだろうか?

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尾形げんじ君の決起集会

4月3日(日)

 パレスグランデールでの市議会議員尾形げんじ君の決起集会に参加。
9期目の市議会議員を目指す尾形げんじ君の応援をすることにする。
同じ釜の飯、いや同じ鍋のインスタントラーメンを食べた後輩だ。
それに先日の避難所での彼の言動にさらに応援をする気持ちが強くなったのだ。

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新庄そして盛岡へ

4月2日(土)

 朝、病院で母の様子を見てから新庄へ。
香花堂さんのセレモニーホール新庄の工事の仕上げに入っている。地震の影響で資材が極端に入らなくなっている。そんな中でも工事の完成は急がなければならない。

昼食にチャーシューメンをご馳走になる。こんなにチャーシューを食べたのは久しぶり。
ほんとはもっとゆっくり打ち合せをしなければならないのだがこの後、盛岡へ行かなければならない。
香花堂さんが盛岡へ行く時間を気にかけてくれる。恐縮、感謝。
まるで食い逃げのような感じで香花堂さんを出発。

国道47号線、鳴子温泉を過ぎ始めるとガソリンスタンドは若干の車が列を作っている。山形はもう並ぶ事はないが。

古川ICから東北自動車道を北上。災害支援の車が目立つ。県外の警察車両、自衛隊車両が列を作って移動している。民間のボランティア車両も見える。
SAのスタンドにはやはり車が並んでいる。新庄で満タンにしてきて良かった。

午後4時40分、盛岡市アネックスカワトクへ到着。市内に入ってからすごい渋滞で予定より10分遅れてしまった。
午後6時30分、打ち合せを終了、盛岡ICへ向かう。大型店の看板や外部照明が節電で消されているからショッピングセンター付近は真っ暗だ。盛岡に限ったことではないがやはり異様な感じだ。

 

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緩和ケア病棟

気仙沼へ行っている昨日、県立中病院に入院中の母が洋子さんの付き添いで緩和ケア病棟に移った。
意外と早くこの病棟に移れた。ある意味、医師のこの指示が何かの訪れを予期させるようだ。

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病室のテーブルの上にはいつもきれいな花が飾られている。看護師さんやボランティアの方が飾ってくれている。感謝。

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泥だらけ

4月1日(金)

 一夜明けてステージアの後ろを見たらすごい泥だらけ。昨日、気仙沼から本吉までの国道45号線の被災地跡を走ってきた。道路はところどころ寸断された跡の応急処置として山砂利を埋めたり、舗装道路でも土砂で覆われていたりしていた。当然と言えば当然だ。
スタンドで洗車機に入ったがこの泥が落ちなかった。おそらく海水、塩分がこの泥にたっぷり含まれているからだろう。手洗いで落とす。

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国道45号線を本吉方面へ、帰途

午後2時半、熊谷さんたちとお別れをする。
菅沼さんたちともここで別れて我々は来た道とは別の、海岸線の国道45号線を本吉方面へ南下して内陸に入り中田、登米、佐沼を通って古川へ抜けるルートで山形へ向かう。

すごい、気仙沼の市街地とはまた別の惨状が広がっていた。なんだこれは!二人で驚きの声を上げる。恐ろしい光景だ。
助手席の森田さんが私のiPhoneで撮影を始めた。

Youtubeにアップすることなど忘れて撮影をし続ける。(後でアップすることにしたのだが縦長になってしまった。しかたがない)

気仙沼市街地でのビデオも含めてYoutubeにアップした。やはり見にくい。

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山形へ着いたのは午後6時半。何事もない山形へ着いて数時間前まで目の当たりにしていたあの光景は夢のように感じた。しかし間違いなく現実なのだ。

気仙沼の仲間たちの復興は長い時間がかかるだろう。あの力強さは必ず立ち直させるはずだ。長い応援と援助をしなければならない。

頑張れ!気仙沼の仲間たち!

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惨状に言葉がでない。

我々と菅沼さんの車から支援物資を降ろしてから熊谷さんからそれでは市街へ行ってみますかと熊谷さんの運転で車に乗り込む。

「岡田さん、あそこを見て。あれが岡田さんがデザインしてくれたうちの会社のクマデンだよ。流れてあそこにあるんだよ」
熊谷さんの会社の社屋と自宅だった建物が津波で流されてもともとあった場所から数百m離れたところに2階部分だけを見せていた。

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エー!と声を上げるしかない。

ここがうちの会社があった場所だよ。まったく何も無くなってしまった・・・。

そこは瓦礫の山だった。
しかし確かに熊谷さんの会社の場所だ。何度かお伺いしていたので回りの様子からして間違いない。
道路は陥没したとのことで山砂利が急遽敷かれていた。舗装道路はどこにも見当たらない。

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市街を案内してもらう。

すごい、とにかくすごい。現実とは思えない。まるで映画のスタジオではないかとさえ思えてくる。
しかしこれはまさしく現実なのだ。


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やはり私のデザインした「斉吉」さんがここにあったはずだ。跡形もない。目の前の水たまりは道路だった。陥没したままで津波の水が引かないのだ。あの道があの建物が今はすべて消えている。信じられない。しかし「斉吉」たちは無事だったことは何よりだ。

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気仙沼のレトロな佇まいの酒蔵だった男山の建物も無惨な姿になっていた。

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岸壁に行ってみた。

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500トン前後の漁船が陸に上がってしまっている。この巨大な鉄の固まりがあっちこっちで津波で翻弄され建物をなぎ倒していった。この船の撤去はどうするのだろう、そしてどれだけの時間がかかるのだろう。

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流された巨大な重油タンクから重油がこぼれ流れ海面を炎にしたそうだ。そしてそれは漁船までも燃やしてしまった。

市街を案内してもらいながら出る言葉はすごい、ひどいだけだった。他の言葉で言い表しようがなかった。

赤間さんの会社へ行く。1階部分が流されたが建物は残っていた。赤間さんたちは後片付けに一生懸命だった。
「必ず復興してみせる!6月にはカツオを陸揚げしてみせる。負けていられない」と赤間さん。

「たかはし」さんも赤間さんと近いところなのでやはり1階部分だけ流されていたが2階は無事だったようだ。工務店さんがすでに1階の回復工事にとりかかっていた。みんなこの窮地に負けていないようだ。

熊谷さんの自宅(普段は会社の方で生活していてここは別宅にしていた)に戻り昼食。我々は持参の昼食をする。熊谷さんから避難の様子やこうしていられること、生かされたことに対する感謝の言葉がでてくる。本当だと思う。

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気仙沼へ、菅沼さんご夫婦と合流

9時半少し前、「道の駅かわさき」で菅沼さんご夫婦と無事落ち合う。下北半島からだとここまで5時間近くかかっているはずだ。ほんとにお疲れさまです。

休憩の後、約50分程の気仙沼へ向かう。山形のガソリンスタンドはもう並ぶことはない。しかも満タン給油OKなのだがこの辺りはまだ並んでいる。
ステージアは満タンにしてきた。往復は十分だ。

気仙沼へ近づく、車が混んでいる。国道45号線は渋滞。少し道に迷ったが無事、熊谷さんの自宅へ到着。ほんとに無事な熊谷さんを見て安心する。携帯では話していたのだが本人と会うまで心配だったが奥様とも元気な様子でなにより。ほんとに良かった。
しかしこの辺りからはニュースで流れてくるような被災地の様子がまったく見えない。森田さんが少し気抜けするね、等と話す。まったくだ。

しかし・・・・・。

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気仙沼へ、支援物資の積み込み

3月31日(火)

気仙沼へ向かう。昨日いろんな方々へお話をしたらものすごい支援の物資食料を協力いただいた。
遠くは津軽の「小野や」さん、岡山の「マルオカヤ」さんからまでお送りいただいた。多くの応援に感謝!

自宅を出発するときにはすでにこの通り。

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同行する森田さんのお店で更に積み込む。明らかに荷重オーバー。しかしこのステージアによくこんなに入るもんだと感心する。積み込み方が上手なのかな?

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車体はかなり沈んでいる。後ろがこんなに重いんじゃハンドル操作に気をつけなくてはならない。

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現地で迷惑をかけないように自分たちの弁当、おにぎりを森田さんから用意してもらい午前7時丁度、茂利多屋さんの駐車場を一路気仙沼へ向かって出発。

岩手県一関市の国道284号線の道の駅かわさきで下北半島から来る菅沼商店さん夫妻と9時半に待ち合わせには間に合う。慎重に高速道路を走リ始めた。

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